葬送のフリーレン1巻の1話

~あらすじ~

この作品は勇者一行の魔法使いエルフのフリーレンが葬送する(人間を知ろうとする)物語である。

因みに葬送とは

死者と最後の別れをし、火葬場、墓地に送り出す事。またそのための葬式。

古くは野辺送りとも称した。…その方法は地方ごとの民族儀礼と密接に関連しているため千差万別であるが、会葬者が行列を組み(これを葬列と称す)遺骸を搬送するというやり方は多くの文化に共通する。

勇者ヒンメル

僧侶ハイター

戦士アイゼン

魔法使いフリーレン

の4人が10年をかけて魔王を討伐したあとのお話です。

~あらすじ終了~

以下に感想が始まります。

第1話のタイトルが

「冒険の終わり」

という今までの漫画の第1話のタイトルではあり得ないようなタイトルで1ページ目でも「魔王を倒した」という会話があり、全くもって予測不可能な展開。

ファンタジー作品というジャンルは少年誌では王道で、かつ出尽くした感があり、余程ぶっ飛んだ設定や世界観がないと読者は引き込まれないだろう。

しかし、この設定は斬新。

この先どうなるのだろうか?

と1ページ目、そして2、3ページ目の見開きでいきなり僕の心を鷲掴みにした。

はやくも勇者一行は目的を果たし、「これからどーすっかねぇ」とファンタジー作品のエピローグで語られるような流れが進みさらに先の読めない展開へ。

半世紀流星をパーティーで眺めた時に時間についての感覚のズレが強調され、やっとテーマ(のようなもの)が明らかになってくる。また50年後に半世紀流星を皆で見ようと約束しパーティーは解散。

時は流れ50年。

勇者ヒンメルがおじいちゃんになっている。

僧侶ハイターもおじいちゃんに、戦士アイゼンはドワーフで見た目はあまり変わらない感じ。

約束通り半世紀流星を皆で見る。

数日後勇者ヒンメルは死亡。

街をあげての葬儀で一般参列者は悲しみに浸り涙を流す者も多数存在、フリーレンはとういと『おじいちゃんの葬儀に参列した今一事態を把握していない孫』のうなポカーンとした感じ。

そこに「あの子ヒンメル様の仲間なんだって?悲しい顔一つしないなんて、薄情だね。」という心無い言葉がぶちこまれる。

ハイターとアイゼンの仲裁もあり葬儀は滞りなく進む。

そこでフリーレンは気付かされる。

「…だって私、この人の事何も知らないし…」

「たった10年一緒に旅しただけだし…」

そう言って過去の冒険を思い出し、

「人間の寿命は短いってわかっていたのに…」

「…なんでもっと知ろうと思わなかったんだろう…」と涙を流す。

葬儀も終了し、僧侶ハイターは聖都に帰っていった。

魔法収集の旅に戦士アイゼンを誘うが「もう斧を振れるような歳じゃないんだ」と断られる。見た目はパッと見変わらないが衰えは隠せない。

それぞれが別の道を歩み第1話が終了。

この先どうなる~???

第2話以降気になる方は単行本を買いましょう。

第1話の1番好きなシーンはここ!

ちゃんと「私達も」と言い、アイゼンがお茶目なポーズをとっている!

パーティーの絆のようなものがたった1コマで表現されているね。

そもそも『泣かない』=『薄情』という考え方自体が押し付けがましいし、泣いていないからといって悲しんでない訳でもないし、逆に泣いているから悲しんでる証明になるわけでもない。

そして、この作品はフリーレンが葬送するお話だが作者が伝えたいことは『時間の大切さ』だと僕は考える。

エルフは寿命が長いために時間感覚が鈍化している。

だが人間に置き換えたとして…

何十年生きていても…

「10代の時に遊んでなければ」

「20代の時にもっと勉強していれば」

「彼女(彼氏)との時間をもっと大切にしておけば」

「友人をもっと作っておけば」

「子供ともっと遊んでおけば」

「老後の為にお金を貯めておけば」

失った時間は戻らない。

それはエルフもドワーフもそして人間も同じだということ。

それが伝えたい真のテーマだと僕は考えます。

あとあと、最終話のタイトルは

「冒険の始まり」に1票!

(当たったら褒めてね)

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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